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安室奈美恵のNHKインタビュー「告白」の内容すべて。

time 2017/11/28

安室奈美恵のNHKインタビュー「告白」の内容すべて。

ざ、安室世代な私たちアラサー世代・・・

安室ちゃんの引退は衝撃でした!そして、なんとか引退コンサート行きたいと思い、引退宣言を聞いた瞬間にファンクラブに入会してしまいました・・・w

今回のインタビュー番組も、普段はテレビをあまり見ないので、ファンクラブからのメルマガで知り、録画しました。

そこで今回は、安室奈美恵さんのNHKで放送された特別インタビュー番組「告白」の内容まとめてみました。

 

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デビューから・・・

番組はNHK秘蔵のVTRを見ながら、デビュー当時から順番に回想していくかたちで進行していきました。

ポップジャムのオーディションで歌う15歳の頃の映像。

とっても若くて、でも顔が変わってない〜!可愛い!

安室ちゃん自身、

「衝撃すぎて・・・びっくりしました」

という感想。

 

(これから「」で書く分は、すべて安室ちゃんの発言です)

スーパーモンキーズとしてデビューし、ポップジャムで司会のアシスタントとしてデビュー。

「やだーほんとにw・・・

かなりフレッシュさは伝わってきた感じ・・・

もうでも、ときめきばっかりでした。

いつか、私たちもこういう風にわーとかキャーとか言われたいねって言ってました・・・。」

 

でも、なかなかヒットが出ない。

「デビューすれば、すぐに曲がヒットすると思っていたので・・・

でもなかなか、2曲目、3曲目とヒットが出てくれないので・・・。

なんかこう、焦りと、なんでだろう・・・

ずっとなんでだろうって思った時に、

私がセンターでメインボーカルだったので、

そのせいかなって、14歳15歳なりに一生懸命考えた結論で、

その当時の事務所の社長にお話をしたことは覚えています・・・。」

 

 

そして、5枚目のシングル「try me」で70万枚のスマッシュヒット。

 

「あれ、私たちの曲、ランキングどんどんあがってる〜って、テレビの前でみんなで見て、嘘でしょ〜w!!って」

 

さらに、body feel exitで小室哲哉と出会います。

そこから、安室奈美恵17歳の快進が始まります。

 

「小室さんとのお仕事は、とにかくプレッシャーでした。

小室さんプロデュースでたくさんの方達がヒットを飛ばしていたので、

最初、次の曲で小室さんが書いてくださるって聞いた時は嬉しいって思ったんですが、あれ?って・・・

小室さんが書いた曲を私が歌って、それが他の方みたいに売れなかったらどうしよう?って

責任すごい重大なんだけど・・・って、そのプレッシャーがスゴかったですね。」

 

ここで、小室さんの野外イベントでBODY FEEL EXITを歌う映像が流れます。

 

「さっきの(映像で)、小室さんのイベントでそこで初めて曲がお披露目だったと思うんですけど、

私だけまだリリースはしてなくて、イベントに出させてもらったので

かなりアウェイ感はあったんですけど、一生懸命花道を走って

歌詞も間違えないようにって

すごいとにかく緊張・・・緊張とプレッシャーばっかりでした」

 

そして、その年の95年に紅白歌合戦に初出場を果たします。

 

歌ったのは、小室さんの2作目のシングル「chaise the chance」。

 

ここで映像が流れますが、やっぱり若い〜歌うまい〜!やっぱり声が若い感じがしましたw

 

そして、90年代後半、安室奈美恵と小室哲哉のタッグはチャート1位を連発していきます。

 

96年の紅白でDon’t wanna cryを歌っている映像をはじめ、小室プロデュースでチャート1位を独占している曲を歌う安室ちゃんが次々流れました。

この頃のチャート1位って、普通に100万枚とか売ってるんですね〜・・・それにもびっくり!

 

「ダンサーになりたい時期もあったけど、

歌いながら踊るというのがセットになったときに、

すごく楽しい気持ちになったし、

歌う事も踊る事もすきだけど、セットになったときが一番楽しい」

 

19歳の時のアルバム「sweet 19 blues 」は300万枚を超える大ヒットとなります。

って、これ、私が初めて買ったCD!!!懐かしすぎる〜!!

96年のアルバムですね。93年にデビューしてポップジャムの司会していた頃からわずか3年だけど、めっちゃあか抜けてます!

 

そして、この頃、アムラーが社会現象になります。

「なんで、なんで・・・アムラー?なのかがいまいちよくわからなかった

なんか、自分のことじゃないかんじ・・・

言葉だけが一人歩きして・・・」

 

社会現象になったことはどう感じてましたか?

「とにかく、幸せいっぱいでした。

そのときは、そうですね。

(無敵状態でしたね?)

そうですね、表面だけ見るとそうだと思います」

 

しかし、人気絶頂の20歳の秋に、結婚・妊娠・休業という芸能界では前代未聞の決断をします。

 

「(目がうるうる、少し涙ぐみながら・・・)なにか、大きい決断をしたとは思っていなくて、

ふつうに、好きな人がいて、

子どもを授かったうれしさで・・・

なにか、決断っていう感じじゃなかったですね」

 

97年の紅白でキャンYOUを歌う映像が流れます。

長い髪をバッサリきった、ボブスタイルが印象的でした。

 

それから一年後、翌年の紅白で復帰します。

 

「1年間、ほんとにまったく歌は歌っていなかったので・・・

暖かく迎えてもらえなかったらどうしようっていうプレッシャーがすごいあった」

 

そして、紅白でCAN YOU CELEBLATE を歌う映像を見ながら、もらい泣きをする安室ちゃん・・・

 

「もらい泣きしちゃう・・・(と涙をぬぐいながら)

ティッシュいただけますか・・・?

 

自分で自分を見て泣くっておかしくないですか・・・W

 

後半、(舞台の)前に出るときに、なんか、おかえりっていう拍手を頂いたときに、

暖かく迎えてくださって、すごく嬉しかったことを覚えています。

 

そんな、暖かく迎えてくださると思っていなかったので・・。

会場の空気感が柔らかくて、戻ってきてもいいんだ〜って思った瞬間にバーって(泣いてました)」

 

再度、紅白で涙ながらに歌う安室ちゃんの映像が流れます。

そんな思いで、紅白で復帰されていたんですね〜・・・

芸能界という浮き沈みの激しい世界を経験されているからこその、涙なんでしょうね。

 

2000年、沖縄サミットのイメージソングネバーエンドを発表し、

 

しかし、次の年、小室哲哉によるプロデュースが全て終了し、安室さんはたったひとり残されます。

 

「不安にはなりましたね・・・

最初は、どうするんだろうって思っていたら

レコード会社の人に

自分で自分をプロデュースしなよって言われて・・・

 

それからですよね。

衣装どうする?メイクどうする?どういうジャケ写取りたいの?

とか、それまでは小室さんがコンサートの演出まですべて指示を出してくれていたので・・・。

それを全部自分でやらないといけないの?

正解もなければ、間違いもないっていう感じだったので、

ファンのみなさんのレスポンスがすごく大事なのかな?って。

コンサートで歌って反応見てみたりとか・・・

なんかあんまりピンとこない曲は、コンサートで歌っても反応ないし・・・

本当に手探りでしたね」

 

安室奈美恵が伝えるべきメッセージはなんだろう・・・?そう考えて、自ら歌詞も造ります。

 

「その時は息子もいたので、息子のために何ができるだろうとか

本当に、その当時に思っていたことを言葉にして書きました」

 

その曲が、小室哲哉プロデュースを終えて出した最初のシングル「say the word」です。

 

そんな安室ちゃんの想いをはせながら聞く「say the word」改めて・・・良い曲ですね〜!

 

しかし、2000年代になり、90年代の爆発的な人気はなくなり、

またヒットを生み出さなければいけない・・・ともがき続けます。

 

「自分でプロデュースして、わりと何年も手探りしていくなかで、

歌手の安室奈美恵がわからなくなった時期があって・・・

 

誰も教えてくださらないし・・・

あ〜なにがだめだったんだろう・・・って

考えつく事は、やってみたりとか・・・

でもなんかしっくりはまるものが和からなかったので、

思い切って、その時は、安室奈美恵は一回おいて、

安室奈美恵じゃないところで楽曲をだしてみたいんですけどと提案して・・・。」

 

25歳の時に、安室奈美恵の名前を表に出さずにスイートシックとして活動を始めます。

自分を再生するために、一度自分を捨てる・・・その大胆な試みで、刺激を受けます。

 

「ものすごい楽しくて、ものすごい達成感があったんですね。

その時に、え?なんでこれを忘れてたんだろう・・・って。

あまりにも、

こうしなきゃいけない

ああしなきゃいけない

こうじゃなきゃいけない

ってとにかく、楽しむってことをだんだん忘れてった時だったので、

自分が好きなことは好きだって胸はって楽しまないとそりゃいいものは作れないなって・・・。

 

安室奈美恵に戻った時に、今の自分を楽しんで、いいと思う事を胸はってどうどうとやれば良いって

思った時に、そこからプレッシャーとかぱって無くなって、

そこからは本当にこの曲とこの曲をこう表現したいこういう衣装でこういうダンスでって、スパスパスパって決まっていって・・・新たなドアが開いちゃったってw・・・。」

 

「開けに行ったドアはことごとくはずれだったんですよ・・・

そうか、楽しむってことを忘れてたっていう瞬間に、ぱってドアはここです!って。

ポーンて前に表れて、鍵無しで開けられて。」

 

「目の前にある壁をどーんと厚い壁に自分でしてしまうっていう難儀な性格だなって思います・・・w」

 

そして29歳、Baby don’t cry が大ヒット。新しい安室奈美恵が再び女性達の心をつかみます。

<Baby don’t cry の映像が流れます>

この頃から、安室さんの活動はコンサート一本。テレビには出なくなっていきました。

 

「テレビって面白いことを言わないといけないんじゃないだろうかとか

しなきゃいけないんじゃないだろうかって

それが苦しくなってきて・・・

テレビよりもコンサートっていう場所で生の私を見てもらって、

こんな私でよければ好きになっていただけませんか?

みたいな感じがあったので、

コンサートっていう私の表現の場所にシフトしていったって感じですね」

 

<コンサートでの圧倒的なパフォーマンスの映像が流れます>

Mcなし、2時間ぶっ通しのステージ。

「コンサートでひとりで喋るって難しいな〜って・・

今日は大阪だから、なにか大阪のことを・・・

大阪にきたらいつもこういうとこに行くって

常に自分で調べて言ってって・・・

でも毎年あるから、去年はこう言ったからって・・・

だんだん話す事が無くなっていっちゃう・・・

自分の日常を話すにしても、20公演あって自分のネタが20個も無いって・・・。

で、一回MCの無いコンサートをやらせてくださいってお願いして・・・。

それでやってみたら、ショーとしてもすごくうまくまとまって・・・

無理してしゃべらなくても良いんじゃないのかなって思ってから、

コンサートを作るのもスゴく楽しくなってきて・・・

MCはもういらないね!って感じになってきて・・・」

 

 

Can you celebrate は229万枚以上

いまだに超える女性アーティストはいない。

 

10代、20代、30代、40代でミリオン突破した唯一の女性アーティスト。

 

 

「やっぱり経験することは、いちばんの未来につながるものだし

そこでしか学べないことのほうが大きいので

どの時間も決して無駄ではなかった」

 

15歳でデビューし、戦いながら件名に走り続けた25年。

 

母としての安室奈美恵

「毎朝起きて、お弁当を作ってました。

でも、すごくラッキーなことに、その時はキャラ弁がそこまで無かったので、

ちっちゃいおにぎりをサッカーボールの形にしてのりを巻くくらいだったので・・・

その後に、キャラ弁がスゴくなって・・・その時にはお弁当を卒業していたので、胸を撫で下ろしましたw」

 

引退に関して

 

引退について、私が長年心に思いという文面で発表した。

「40歳を選んだ理由はありすぎて深すぎて・・・

今回は、たまたま25周年で40歳で、歌を歌う自分自身にピリオドを打つにはすごく良い節目の年なんじゃないかなって思いました。

 

引退の文字がちらついたのは、わりと20代後半のときですね。

手探りで悩んで・・・あーでもないこーでもない、でも相談できないっていうことが大きな悩みでもあって・・・

その時に引退っていう文字がちらついた時ですら、誰かに相談もできず

思っていたときに、ふとデビュー当時のことを思い出すときがあって。

デビューが決まりました、嬉しい、

でも一生続けていく仕事じゃないなってその時に思ってしまって・・・

デビューがあれば、絶対に引退がくるっていうのは、

デビュー当時に2個1で思っていたので・・・。

 

デビューした時は、すぐ有名になれるって思っていたので、

引退するときは、絶対絶対大きなコンサート会場で引退コンサートにするんだって思っていて・・・

 

まだ、その時の夢を叶えてないでしょ?って思って、

そうだ、まだまだ終われないし、もがけばいいじゃんって・・・

 

それからSWEET CHIC でアルバム作りはじめたりとか・・・

そういうことをして、楽しむってことを忘れてたんだなって

とにかく楽しみ尽くすことをやってみようかなって思っていたので・・・。」

 

2012年、35歳で迎えた、デビュー20周年。

5大ドームツアー。

大きなコンサート会場でのツアーを実現させました。

 

34万人を動員し、記録を塗り替えました。

 

「引退が目の前にきたのは20周年のときだったので・・・

マネージャーさんにも、来年のドームツアーが終わったら・・・

みたいなお話はさせていただいていて・・・

 

21年目、22年目も続けるかは、考えさせてくださいっていうお話は事前にしていたので、

20周年は、自分の気持ちを精査する1年。

 

歌って踊ってってまだやりたいのか?

自分に問いかける1年にしようと。」

 

それまで培ってきた安室奈美恵をすべてぶつけた1年。

20周年ライブのラストは、「say tha word」

 

「最終的に、20周年が終わった後に引退することが出来なかったので・・・

その時は、想いの丈もやりつくしていたので、

20周年のあとに引退できないって知った時に、

燃え尽きてしまっていたので、

ああどうしようって・・

しばらく次に何をするのかは考えられなくて・・・・

 

でも、私がこのままだったらファンが悲しむから、

今まで以上に自分がワクワクしたりドキドキすることをするにはどうしたら良いんだろうって・・・

それで、自分の引退を25周年に定めて、

じゃあこの5年をどう過ごすべきか?5年後にデビュー当時に思った大きなコンサート会場で引退するっていう夢は叶えられないかもしれなかったので

 

20周年でやれたのも奇跡だったので・・・。

 

とにかく、この5年はコンサートで楽しんでもらうようにしようと、

毎年アルバムを作る計画をたてて、コンサートをしようと。」

 

2016年から2017年にかけて、100公演を行った。

 

この数には理由がありました。

自分の胸に引退を秘めていたからこそ、日本中のファンにお礼が言いたい・・。

 

「今まで、応援してくれてありがとう!って感謝の気持ちを伝えたくて。

そこは自分だけのツアーのテーマで、お礼するっていうツアー

25周年のときは、笑って終われるコンサートにしたかったので、

それまではホールツアーやらせてくださいって」

 

「自分が実際に精神的にすごく辛かったときに

ステージにたって、ファンのみなさんの暖かさが鳥肌がたつくらい感じたときに、

自分はSNSとかでも自分の言葉を発信しない、何も言わない私に対して

あたしたちここにいるから、あなたはこのステージを楽しみなさい

みたいな・・・。

 

この人たちが一瞬でも、このコンサートが楽しかったっていう記憶を作れたら私はすごく幸せものだなって。」

 

2018年は5大ドーム15公演、アジア5公演、

70万人を動員予定。

 

デビューの頃からの夢を実現させます。

 

「引退まで、どんなことをやっていけばいいでしょう・・・w(笑いながら)

一番はコンサート、とにかくみんなと楽しめる空間を作って、楽しい1年になれば、私は嬉しいなって思います」

 

「あくまで、明るく、そうですね。

なんかこう引退ってなると、ネガティブなイメージがあるじゃないですか。

でも、1つの通過点なので、1つの終わりがあれば、始まりがあるので、

この先の人生のほうがもっと楽しいことがまっているし

新しい発見とか新しい興味とか、

やってみたいなってものがあったら、そこに情熱を注いでみるっていうのもいいなって、楽しい人生が待ってるんじゃないかなって

楽しみです。」

 

「母であることは、色んな感情のコントロールの仕方は、息子がいたから感じられることだったので、今の私のモノの見方、考え方は息子の存在があるからこそなので

あのとき、息子を出産していなかった、

今とは違う安室奈美恵がここに座っているか、座っていないか・・・(笑いながら)だと思います!」

 

「(最新曲では守る物があるから強くなれるのという歌詞がありましたが?)

そうですね〜年を重ねるにつれて、守らないといけないものも増えたし、大切な物の大きさ偉大さもわりと実感してはいるので、やっぱりそうですね。うん。

 

(自分が守ってあげないと、どうにかなっちゃいますもんね?)

最近はそうも無くなりつつ有るので、親離れがすすんでて、私の子離れがまったく出来ていないので・・・(笑いながら)

 

おめえうぜーよみたいな感じ、の毎日ですね・・・w」

 

<今までの映像とともに、最新曲のFinallyが流れ、インタビュー終わってさっていく安室ちゃん>

 

まとめ

引退を聞いたとき、私はぼんやり、そっか息子が二十歳になったんかな〜と思ったら、

息子さんは1998年5月19日に産まれたので、ちょうど来年引退する時に二十歳を迎えられます。

きっと、シングルマザーで、息子のためにって頑張ってきたんだろうな〜って思っていたら、引退は実は20周年の時にも考えていたとインタビューで答えていましたね〜。

 

浮き沈みの激しい芸能界で、トップを走り続けた安室ちゃん。

彼女の、すごく真面目な性格が伝わってきた番組でした。

 

あ〜、最後の引退コンサート・・・行きたすぎる〜!!!

今、ファンクラブの先行とドコモの先行に申し込んでいますが、ファンクラブでもチケットは入手困難らしく、もだえています・・w

 

行けなくても、たぶんどこかのテレビで中継とかやるっぽいので、

最後まで、安室ちゃんを応援していきたいな〜と思ったゆうままでした。

 

いや、それにしても40歳には見えない美しさ!に見ほれてしまいました・・・!

 

以上、ゆうままでした!

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ゆうママのプロフィール

ゆうママ

ゆうママ

3歳半の息子、1歳8ヶ月の娘と、13歳年上のハードワーカー旦那と4人暮らし。 5年半の激務コンサル会社から、ゆる〜い兼業主婦に転向し育児に奮闘するアラサー。 育児・家事をノウハウ化し、いかに食事作りと子育てに集中できるか追求中の大阪人。慶応経済卒。



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